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アメリカでのClean Beauty業界の動向 Sephora裁判事例より

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はじめに

昨今、市場が拡大するClean Beautyに関して、化粧品専門店「セフォラ(Sephora)」を相手取った訴訟が2022年11月に提起され話題を呼んでいました。

ご存知の方も多いと思いますが、「セフォラ(Sephora)」は、LVMHグループ傘下の化粧品専門店で、多くの有名ブランド・人気ブランドを一堂に集め、店舗で試したり選んだりすることができる化粧品のデパートのような業態です。アットコスメの店舗をイメージしていただけるとわかりやすいかと思います。

残念ながら日本にも一時上陸しましたが、早々に撤退してしまいました。しかし欧米をはじめとする海外には数多く店舗が展開され、化粧品好きの方にとってはおなじみの存在です。

そんなセフォラですが、同社が展開するClean at Sephoraプログラムの表示に関し、集団訴訟が2022年に提起され話題を呼びました。そして、今年2024年3月に、原告の請求は棄却され、セフォラ勝訴となりました。Clean BeautyやOrganicなど拡大する市場でありながら、定義が明確でない分野で、事業を展開する方にとっては今後の指針にもなりますので、当記事で本訴訟の内容をご紹介したいと思います。

訴訟の背景

「Clean at Sephora」とは、セフォラが2018年に開始したプログラムです。化粧品が特定の成分、たとえばパラベン、硫酸塩SLSおよびSLES、フタル酸、ホルムアルデヒドなどの、人体に有害とされる成分を含まないように製造されているというセフォラの基準をクリアした商品に、Clean at Sephoraのラベルをはり、Clean Beautyのカテゴリーとして販売されます。ラベルが商品に貼られているため、店頭でも見やすくなっているほか、オンラインストアでも、Clean at Sephoraとしてカテゴリーわけされており、そこから商品選択をできるようになっていて、Clean Beautyに関心のある消費者にとっては選択しやすい仕組みとなっています。

拡大するClean Beauty市場

そもそも、「クリーンビューティー(Clean Beauty)」とは、スキンケアやメイクアップ、ヘアケア製品などの化粧品が「人体や環境に有害な成分を使用していない」とされることを示すコンセプトです。具体的には、上記のようなパラベンやフタル酸、硫酸系成分(SLSやSLES)、ホルムアルデヒドといった、健康への影響が懸念される成分を排除し、環境や人に配慮した製品作りが目指されています。

ある海外調査会社の推計によると、「Clean Beauty」市場は年間5~9%ほど成長を続けており、2027年までに推定116億ドルの市場に成長するとの予想もあるようです。別の調査会社NPD Groupの2023年発表調査によると、アメリカのスキンケア商品の消費者のうち68%が「Clean」な成分でつくられた商品を購入したいと考えているそうです。そして、アメリカのスキンケア商品のうち3分の1が「Clean」と標榜されていると予想されています。

このように成長が見込める市場にもちろん各社はこぞって乗り出しているわけで、このようなラベリングは何もセフォラだけはなく、アメリカの小売大手Targetなどをはじめ、会社ごとの基準でClean Beauty表示をしています。ただし、現時点では「Clean」という言葉に、法的な定義はないため、ブランドや企業ごとに「Clean」の基準が異なり得ます。

問題は、消費者によっては「Clean Beauty」を「ナチュラル(天然成分中心)」や「オーガニック(有機栽培された成分中心)」と同義だと考えることもありえるということです。しかし、各社の規定をみると、「Clean」と標榜しているからといって、必ずしも自然由来成分だけが使われていることを意味するわけではありません。

会社によっては特定の合成成分を含んでいても、安全性を保証できると判断し、クリーンビューティーの一部として販売しているケースもあるのです。そのように曖昧な状況をに対し、この言葉の意味が不明確で、どの成分がリストに含まれ、どの成分が含まれないのかわかりづらいという批判も起こっています。

本訴訟は、このような曖昧な状況に一石を投じるものとなったのです。

原告の主張

原告は、“Clean At Sephora”のラベルがついた製品のかなりの割合の製品に、消費者がこのラベルから理解する内容と矛盾する成分が含まれており、当該表示は消費者に誤解を与えるものであるとして訴訟を提起しました。損害賠償請求額は、法定損害賠償と懲罰的損害賠償を含めて500万米ドルを超えました。

原告は、“Clean at Sephora”のラベルは、Cleanといいながら、合成原料、有害原料を含むものであり、その表現は誤っており、誤解を与え、そして欺瞞的な表現であり、原告は、このラベルが添付された商品を、合成原料や有害原料を一切含まないものと理解したため、他の製品よりも不当に割高な価格で購入することになったと主張しました。総じて同様の主張を、ニューヨーク州一般事業法(GBL)第349条および第350条違反、複数の州の消費者保護法違反、明示および黙示の保証違反、マグヌソン・モス保証法違反、詐欺、不当利得など、複数の法的根拠に基づいて主張したのです。

原告の訴状によると、訴訟提起時のClean at Sephoraのラベルは現在のものと異なり、中央に葉っぱも加えられていました。

また、Clean at Sephoraの説明文言では、 “The beauty you want, minus the ingredients you might not. This seal means formulated without parabens, sulfates SLS and SLES, phthalates, mineral oils, formaldehyde, and more.” と記載されていました。確かに、一消費者としての感想でいうと、”and more”と記載されていると、こちらに羅列されている成分以外にも多数の有害物質が入っていないだろうという印象を受けそうです。

原告は、これらのラベルや文言から受ける印象とはかけ離れた有害物質が含まれている、と主張したのです。

ちなみに現在は、下記のようによりシンプルなラベルに変更され、ウェブサイトを見る限り、プログラムの説明文言も”and more”という文言はなくなり、より限定的になっているようです。

Clean Beautyに関するSephoraを相手取った訴訟について

現在のClean at Sephora のラベル(Sephoraウェブサイトより)

Sephora側の言い分

まず、セフォラは原告が消費者が「Clean」という言葉から理解することについて根拠のない主張に基づいていると指摘しました。原告の、消費者は、Clean at Sephoraを合成化学物質や有害な成分を一切含まない製品として理解するとの主張に対し、合理的な消費者であれば多くは「Clean at Sephora」プログラムが完全にナチュラルな原料や成分で構成されていると信じることはないと反論しました。加えてセフォラは、「Natural」や「Organic」といった言葉はラベルにもどこにも一切表示されていないと指摘しました。また、消費者が「Clean at Sephora」プログラムについてさらに知りたい場合は、個々の製品のラベルや小売業者のウェブサイトにある完全な定義を参照することができる、とも主張しました。

裁判所の判断

原告が示したそれぞれの請求根拠に対し、裁判所は要件を検討した結果、どの請求根拠も満たさないとして原告の請求を棄却しました。

一つ一つの要件についての判断はこちらでは紹介しませんが、裁判所の判断は、結局は、“合理的な消費者であれば、Clean at Sephoraのラベルで、全ての合成原料、有害原料が含まれない、と判断することはない”ということにつきます。明確な法的基準がない当該事案では、先例に基づき、「もし合理的な消費者であったら、その表示からどのように理解するだろうか」という視点で裁判所は判断されました。簡単にいうと、一般的で合理的な選択をする普通の人だったら、原告が主張するように受け止めるだろうか、ということです。

そして、裁判所は、セフォラが使用したラベルやマーケティング資料には、製品が合成成分や有害成分を一切含まないとする主張は見当たらなず、セフォラが「Clean」の意味を明確に開示していたため、消費者がそれを他の意味で解釈することは合理的ではないと考えられました。

つまり、裁判所は、合理的な消費者であれば、セフォラの説明を誤解しないであろうと判断したのです。

虚偽広告の主張については、原告が「Clean at Sephora」の製品に含まれるとされる合成成分のリストを示し、それらが刺激や人体への害を引き起こすことが知られていおり、それらを含むにもかかわらずCleanとの広告表示は虚偽であるとの主張をしましたが、あくまで裁判所は、製品にSephoraが含まないと述べた成分が含まれていなかったため、虚偽広告の主張も棄却しました。

確かに現在のセフォラのウェブサイトで見る限り、セフォラは、Clean at Sephoraプログラムの内容について詳細に説明しており、どの成分が含まれていないかということを明確にしています。ただし、店頭で商品が陳列されており、その商品や棚にClean at Sephoraというラベルが貼ってあった場合に、消費者が店頭で詳細に中身まで確認するかというと、少し疑問だということは一消費者の観点からすると感じるところです。ましてやブランド、企業ごとに”Clean”として含まれないと成分が異なるとすると、それをいちいち確認するのは消費者にとっては煩雑ですし、混乱はするのではないかとも危惧します。

考察

しかしながら当判決は、簡単にいえば、企業側が明確な基準を公開しており、そしてその基準を満たしていればよいという内容でしたので、Clean Beautyなどを展開する企業にとっては有利な判決となりました。(もちろん、その準の内容は常識的・合理的である必要はあるでしょう。)

ですから、「Clean」をはじめ、「Natural」「Organic」「Sustainable」など確立された定義や明確な法規制がない幅広い用語を使用したマーケティングを行う企業にとって役立つフレームワークが提供されたといえるでしょう。

しかし、それと同時に依然として規制上のリスクが伴い、特にアメリカでは集団訴訟の対象になりやすい状況にあるのはかわりません。訴状によると、アメリカでは化粧品業界は車、食品、玩具などの業界よりも規制が少ないということですし、以前より曖昧な用語が乱立していることに問題提起はされてきました。

本訴訟がそのような状況に注意を促すきっかけにはなっているのは確かでしょう。

これらの用語を使用したマーケティングを行う企業やブランドは、その用語の意味について明確かつ合理的な説明を提供するよう努めなければなりません。

引き続き業界の事情を注視していきたいと考えております。

(当記事の内容は、アメリカ弁護士資格に基づきません。)