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ニュースレター第17号 善管注意義務とサステナビリティ

  • #サステナビリティ
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はじめに

企業を取り巻く外部環境が急速に変化し、投資家をはじめとするステークホルダーのサステナビリティ環境や経済などに配慮した活動を行うことで、社会全体を長期的に持続させていこうという考え方)課題への関心が益々高まる中、サステナビリティへの対応は、従来の慈善活動とは全く異なる次元のものとして、経営の根幹位置付けられるべきものとなってきており、経営の前提条件が変わってきたといえると言われています(サステナブルな企業価値創造に向けた サステナビリティ関連データの効率的な収集と戦略的活用に関するワーキング・グループ作成「サステナビリティ関連データの 効率的な収集及び戦略的活用に関する報告書 (中間整理)」(2023年7月18日))。

「経営の根幹に位置づけられるもの」であれば、サステナビリティへ対応しない場合、当該会社の取締役は、善管注意義務違反等法的責任を問われることがあるのでしょうか。逆に、サステナビリティへの対応について善管注意義務違反が問われるリスクはあるのでしょうか。

今回のニュースレターでは、役員の善管注意義務とからめて検討しますが、サステナビリティについては、役員か否かにかかわらず、ビジネスをしていく上で知っておくべき課題だと思います。

取締役等の善管注意義務

会社法上、株式会社とその取締役の関係は、一般に民法の委任に関する規程に従うとされています。民法上、受任者(取締役)は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負います。すなわち、株式会社の取締役は、善管注意義務を負っています。社団法人、財団法人の理事・監事も同様です。そして、その注意義務の水準は、「その地位・状況にある者に通常期待される程度のもの」とされています。

サステナビリティへの取り組みを怠った場合

 会社がサステナビリティへの取り組みを怠った場合、取締役の善管注意義務違反とされる可能性があります

それでは、サステナビリティへの取り組みを怠ったと言われないために、具体的に何をすることが求められているのか、検討してみます。

人権デューデリジェンス(人権DD)

人権DDとは、人権への負の影響を特定し、防止・軽減するための一連のプロセスをいいます。企業は子会社・関連会社を含む自社グループはもちろん、サプライチェーン上で発生しうる人権リスクに対して適切な予防・軽減の措置を講じ、また、万一、人権侵害が生じた場合には適切な修復措置を講じることが求められますし、適切な頻度で人権デューデリジェンスを実施することが必要です。

 

日本政府が作成した「責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のためのガイドライン」でも、企業は、その人権尊重責任を果たすため、人権方針の策定、人権 DDの実施、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合における救済」が求められています。

具体的には、自社グループ及びサプライチェーンについて、強制労働(工場などでの強制的な長時間労働など)、ハラスメント(特定の従業員に対する差別、嫌味・悪口など)、長時間労働(1日8時間、一週間で40時間の法定労働時間を超えた労働)、児童労働(農林水産業に多く見られる18歳未満の危険な労働)、賃金未払い(定期的な給料・残業代・割増賃金などの未払い)、外国人労働者への人権侵害(技能実習生などに対する長時間労働・いじめなど)、インターネット上の人権侵害(プライバシー侵害、ヘイトスピーチなど)など、人権侵害等がないか調査し、特定し、あれば対処することです。

これら人権DDを怠った結果、後から人権侵害に関わっていた、または人権侵害に関わっている企業と取引していたことが明らかになった場合、会社は信用をなくし、取引先を失う等損害を被る可能性は高いと思われます。その被った損害について、人権DDを怠ったことが、善管注意義務違反として、取締役が責任を追求される可能性があります。

不正行為に対する監視・監督、内部統制システムの構築等

役員が、不正に直接関与していなかった場合でも、善管注意義務違反として法的責任が生じる可能性がある場合としては、①不正行為に対し監視・監督を怠っていた場合、②内部統制システムの構築を怠っていた場合、③不正発覚後の損害拡大回避を怠った場合が考えられます。サステナビリティへの取り組みを怠ったために、事業に悪影響が与えられるリスクがあることや、善管注意義務違反として取締役が責任を追求される可能性があることは、上記人権DDを怠った結果と同様です。

したがって、①不正行為に対する監視・監督、②内部統制システムの構築、③不正発覚後の損害拡大回避、のための体制を整備しておくことが取締役等が善管注意義務違反の責任を問われないために重要です。

適切な対応及び基本的な方針の策定(コーポレートガバナンス・コード)

コーポレートガバナンス・コードにも、サステナビリティに関する規定があります。コーポレート・ガバナンスコードは、上場会社でなければ直接適用されることはありませんが、法人の取り組みや取締役の責任を考える上で、参考になると思います。すなわち、適用されないからといって無視するのではなく、遵守すべきといえます。コーポレートガバナンス・コードのサステナビリティに関する規程には、以下のものがあります。

【原則2-3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題】
上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

<補充原則 2-3①>
取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然 災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの 減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期 的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。

<補充原則4-2②>
取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリテ ィを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。 また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする 経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な 成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

サステナビリティを考慮したことが取締役の善管注意義務違反となるか。

それでは、たとえば、サスティナビリティへの取り組みに費用を支出した場合、それが取締役の善管注意義務違反として、責任を追求されることはないでしょうか。

取締役等は、不確実な状況で迅速な決断をせまられる場合が多いので、取締役の業務執行を委縮させないために、取締役が何か積極的に行為した結果、会社に損害が生じた場合については、注意義務委違反の責任を問うことには慎重であるべきだという原則があり、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないという最高裁判例があります(最高裁平成22年7月15日)。

したがって、サスティナビリティへの取り組みも、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反の法的な責任を問われるリスクは高くないと言うことができます。 今は会社として、サステナビリティについての方針を定め、ウェブサイトなどで公開している会社も多くあります。

将来の世代のために、サステナビリティに真剣に取り組むことが求められていると思います。